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そうよ!ヤツの名はメガ166!

どうしようもないこと 

この世界にはどうしようもないことがある。例えば放っておいても今日は明日になるし今は過去になる。天気は悪くなるし、腹は減る。そんな時人は何もしなくてよいのだろうか。確かに手を出しても何もかわらないことなのだから何かしてもしなくても結果は変わらない。しかし、変わるものはある。

「過程」だ。

例え結果が変わらなくても足掻いたことで「過程」は「過程」だけは絶対に変わる。「過程」において何をしたかによって回避できない結果においても自分は何かをしようとしたという「過程」が残る。今何かをすればその「どうしようもないこと」を回避できなくても「それ」の後に対する備えだとか言い訳は用意できるということだ。

まぁ一番の問題はそんなことは誰もがわかっているのにほとんどの人がそれをやりきれないということなのだが・・・。
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戯言 | TB(0) | CM(0)

色のはなし 

今、漫画のゼブラーマンを読んだ。高校生の頃、昔から特撮が好きだった私は何の迷いも考えもなしに「軽い」漫画だと思いその本を手に取っていた。しかし、その本には「色」んなものが詰まっていた。きっとまだ人生について学んでいない子供が読んでも「カッコイイ」と言って終わってしまう本だ。しかし、「色」んなことを、辛いことも悲しいことも、楽しいことも学んだ人が読んだとききっとこの本は哲学書に変わる。

ゼブラーマンの3~4巻で敵の怪人に操られ大人を憎んでいる子供がゼブラーマンに大人テスト第一問として問う
「空はなんで青いか?」
と、(最初の出典はスヌーピーらしいのだが)この質問に自分はなんと答えるだろう。科学的な解釈で説明するだろうか。それとも・・・。(是非とも「答え」を考えてから続きを読んで欲しい)
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正義の味方 

バイトから帰ってまいりました。まぁ正直特筆事項はないのでまた戯言でも。


最近、某「因果/零」を読みなおしてまして主人公の正義に感ずるものがあったりなかったりしたのでソレについて・・・。

主人公は1000人を救う為に999人の犠牲を出すのは正しいと信じて正義を成しているのですがあくまで数字として人をカウントすることで自分の友を殺めたりもしてるわけですよ。一人でも多くの人間を救う為に。

自分が思うには、ですよ。ソレは確かに正しい判断であると思うんですが自分が同じ立場に立ったとして例えば「3人死にそうな人間がいて1人を殺すことで救える2人を取るか2人を殺して救える1人を取るか。その1人は自分の大事な人間である。」ってな状況になったら葛藤すると思うんですよ。1000人を救う為の999人の中に1人自分の大事な人、まぁ家族でも友人でも想い人でもいいんですが、そんな人がいたら間違いなく999人を救うと思うんですよね;;おかしな考えですけど999/1000の命だったら割合にして1/1000の命ぐらい軽く感じてしまうところがあるんですよね;;いや、命が軽いなんて考えはしてないですけどね;;

人間、欲を出せば自分の幸せの為に、自分の大切な人の為に他人を蹴落とすぐらいはやる生き物だとは思うんですよ。命のやりとりに限った話しでは無しに、ですよ?生きる。というコトは幸せを勝ち取る為にも誰かを蹴落として台にして上ることを全くしないコトは不可能ですし。マンガやテレビの中の人間のように悪のボスがいてそいつをどうにかすれば世界平和が訪れてミンナ幸せになる。なんてコトはないわけです。

「正義」とは何なんでしょうね?正しい義、正しい道徳的行動ということでしょうが道徳なんてものはちょっと地域や国を越えれば簡単に捻じ曲がってしまうものです。地域によっては祖国を守ることが正しい行動として根付いているところもあるだろうし、地域なんて越えなくても個人で人としての根本なんてものは変わるものなのだから「正しい」なんて言葉は抽象的過ぎるとも言えます。

1000を救う為の999の犠牲、数字だけで見ればそれは常識の範囲内でしょう。例えば999円出せば1000円になって返ってくると言われたらどう考えても1000円のほうが特なのですから。

正義が何か。なんてことに答えはでないのだろうが物語の主人公にとっての「正義」がそうであるのならきっとそれも正義なのでしょう。少なくとも1人でも多く救ったっていうのは間違った行動ではないのですから。

自分にとっての「正義」がなんであるか、なんて答えの出なさそうなコトをムダに考えてる今日この頃でした。

(で、今日のは何が言いたいんだ?)
(さぁ?答えが出ないから面白いんじゃないか?)
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たまにはほざいてみる 

たまには(?)おかしなことをほざいてみます。別に午後まで寝てたせいでネタがないワケではありませんw



何かのマンガだか小説だかで「自分の目標を達成して自己満足を得る人間か他人の目標の手助けをすることで得る自己満足を望む人間か2種類の人間がいる」みたいなコトを言ってる人物がいました。何の作品だったかも思い出せない癖になんか自分の心に残る言葉で未だにソレについて考えたりします。

普通の人、まぁ70~80%ぐらいの人間は前者だと思うんですが残りの20~30%の人間っていうのはなんなんですかね?恐らく後者の人間って言うのは周囲の人間から「優しい」だとかっていう認識を受けている人間だと思うんですがソレはあくまで周囲からの認識にすぎなく本人は自己満足の為に「優しいフリ」をしてるってことになります。

そうなると、「優しい人間」ってのは世界に存在しないことになりますよね。自分は「優しい」とかよく言われる側の人間ですがやはり本人からしてみると「優しいフリ」をしているに過ぎないし優しくするコトに下心や自己満足が全く含まれてないかなんて言われるとそんな聖人のような心は持ち合わせてないわけです。

まぁ世界中を探せばホントに「優しい」人間もいるのかもしれないけどそんな人間は稀有であるし怪奇的だとすら考えられます。自己犠牲に陶酔しない人間なんていないと思いますから。

だけど人から優しさを受けないと人間という生き物や人間の社会は壊れてしまうのでしょうね。紛い物の「優しさ」でも世界には必要ということです。こんな風に考えるとフィクションの人物って恐ろしいですよね。まったく利点を考えないで人を助けたりするじゃないですか。だからフィクションは面白いんですかね?赤ん坊ですら泣けば誰かが面倒をみてくれるとわかっていて泣くのでしょう。まぁ人の考えなんかわからないからこんな文章、本当に身も蓋もないんですけどね。

(結局何が言いたい?)
(さぁ?書いてる本人もわからなくなったwまぁいいじゃん?戯言だし)
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プロフィール

166

Author:166
声優の舞太こと門脇舞以サマを愛してやまない♂です。

アキバ文化全般から紅茶にアロマ、ビリヤードに釣り、カクテルと多趣味。

このブログでは日記やラノベ・アニメ・音楽等のレビューをうpしています。

門脇舞以」さん「りさのうたうたうたいまぁす」さん「ハナノウタ」さんを猛プッシュし続けています。

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